| 張仲景の著作とされる『傷寒雑病論』の序文に以下の |
| 記述があります。 |
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| 「余の一族は、もともと二百人にあまるほどいたが、 |
| 建安元年(AD.196)から10年もたたないのに、死亡す |
| るものがその3分の2に達した。そしてそのうち10分の |
| 7は傷寒にかかって死んだのだ。こうゆう死亡者が続出 |
| したこと、年若くして死んでいく人々を救う手段のな |
| かったことを嘆じ、発奮して『傷寒雑病論』を著し |
| た・・・」 |
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| この伝染病の記述は、後の研究で、紀元2〜3世紀の |
| 頃、インドに発生し、ヨーロッパと中国を同時に襲った |
| 数々の「大疫」のひとつと一致しています。 |
| まことに医学の歴史の中心は洋の東西を問わず疫病の制 |
| 圧にありました。 |
| 『傷寒雑病論』の「雑病」とは、まあ今でいう慢性疾 |
| 患に相当しますが、「傷寒」とは、今でいう腸チフスや |
| コレラのような伝染病(疫病)だと考えられます。 |
| その後も中国では伝染病を克服する手段がいろいろ考 |
| えられ、新しい伝染病が流行すると新しい生薬が発見さ |
| れたり、新しい方剤が創られたりしています。エイズの |
| ことを考えてみて下さい。 |
| 医学の歴史は昔も今も、西も東も、ちっともかわって |
| ないなぁ、と思います。 |
| 漢方薬は慢性疾患に効くという言い方は、間違いでは |
| ありませんが、本来漢方薬が発見され、発展してきた主 |
| な要因は、急性疾患(伝染病)の克服にあったことは、 |
| 覚えておいてよいでしょう。当然、風邪の治療などは漢 |
| 方の得意中の得意なわけです。 |
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| 日本漢方には、その著書『傷寒雑病論』を特に重視し |
| た歴史があります。 |
| 江戸時代の初期の元禄時代、儒学の分野で、当時支配 |
| 的であった朱子学にかわって、儒学の原点、孔子にもど |
| ろうという動きがありました。ちょうど同じ頃、キリス |
| ト教にがんじがらめとなっていた西欧では、ギリシャへ |
| 帰れ、というルネッサンス(文化復興)のまっただ中で |
| す。こうして、極東の国日本で、西欧のルネッサンスに |
| 相当する「元禄ルネッサンス」があったことは、後にア |
| ジアで日本だけが西欧化できたことと無関係ではありま |
| せん。 |
| この元禄ルネッサンス時期、それまで陰陽五行説にと |
| らわれすぎていた医学の分野で「昔に帰れ(復古)」の |
| 対象にされたのが張仲景の『傷寒雑病論』だったので |
| す。 |
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| こうして、日本(漢方)医学の歴史は以下のようにま |
| とめることができます。 |
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| 1. 以来、本場中国とはいささかことなり、『傷寒雑病 |
| 論』を特に重視した、日本独特の漢方が発展した。 |
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| 2.陰陽五行論などにあまり染まっていない『傷寒論』を |
| 重視したことは、医学界に実証的な合理的理性をもちあ |
| わせた人材を多く育て、後に「蘭学」と出会ったとき、 |
| それを吸収できる素地をつくった。東洋で日本だけがい |
| ちはやく現代医学を消化吸収できたといってよい。 |
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| 3. 一方、漢方医学の本来からみれば、日本漢方はいささ |
| かゆがんでおり、最近中国との交流を通して、また新た |
| な漢方医学が誕生しようとしている。 |