漢方医列伝










「漢方医列伝」

張仲景
(150?〜219?)

 -『傷寒雑病論』を著す-

傷寒雑病論
 張仲景の著作とされる『傷寒雑病論』の序文に以下の
記述があります。

 「余の一族は、もともと二百人にあまるほどいたが、
建安元年(AD.196)から10年もたたないのに、死亡す
るものがその3分の2に達した。そしてそのうち10分の
7は傷寒にかかって死んだのだ。こうゆう死亡者が続出
したこと、年若くして死んでいく人々を救う手段のな
かったことを嘆じ、発奮して『傷寒雑病論』を著し
た・・・」

 この伝染病の記述は、後の研究で、紀元2〜3世紀の
頃、インドに発生し、ヨーロッパと中国を同時に襲った
数々の「大疫」のひとつと一致しています。
まことに医学の歴史の中心は洋の東西を問わず疫病の制
圧にありました。
 『傷寒雑病論』の「雑病」とは、まあ今でいう慢性疾
患に相当しますが、「傷寒」とは、今でいう腸チフスや
コレラのような伝染病(疫病)だと考えられます。
 その後も中国では伝染病を克服する手段がいろいろ考
えられ、新しい伝染病が流行すると新しい生薬が発見さ
れたり、新しい方剤が創られたりしています。エイズの
ことを考えてみて下さい。
 医学の歴史は昔も今も、西も東も、ちっともかわって
ないなぁ、と思います。
 漢方薬は慢性疾患に効くという言い方は、間違いでは
ありませんが、本来漢方薬が発見され、発展してきた主
な要因は、急性疾患(伝染病)の克服にあったことは、
覚えておいてよいでしょう。当然、風邪の治療などは漢
方の得意中の得意なわけです。

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 日本漢方には、その著書『傷寒雑病論』を特に重視し
た歴史があります。
 江戸時代の初期の元禄時代、儒学の分野で、当時支配
的であった朱子学にかわって、儒学の原点、孔子にもど
ろうという動きがありました。ちょうど同じ頃、キリス
ト教にがんじがらめとなっていた西欧では、ギリシャへ
帰れ、というルネッサンス(文化復興)のまっただ中で
す。こうして、極東の国日本で、西欧のルネッサンスに
相当する「元禄ルネッサンス」があったことは、後にア
ジアで日本だけが西欧化できたことと無関係ではありま
せん。
 この元禄ルネッサンス時期、それまで陰陽五行説にと
らわれすぎていた医学の分野で「昔に帰れ(復古)」の
対象にされたのが張仲景の『傷寒雑病論』だったので
す。

 こうして、日本(漢方)医学の歴史は以下のようにま
とめることができます。

1. 以来、本場中国とはいささかことなり、『傷寒雑病
論』を特に重視した、日本独特の漢方が発展した。

2.陰陽五行論などにあまり染まっていない『傷寒論』を
重視したことは、医学界に実証的な合理的理性をもちあ
わせた人材を多く育て、後に「蘭学」と出会ったとき、
それを吸収できる素地をつくった。東洋で日本だけがい
ちはやく現代医学を消化吸収できたといってよい。

3. 一方、漢方医学の本来からみれば、日本漢方はいささ
かゆがんでおり、最近中国との交流を通して、また新た
な漢方医学が誕生しようとしている。
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