漢方医列伝










「漢方医列伝」

陳言
(1131〜1189)

 

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 陳言、字は無択、南宗處州青田(今の浙江省青田)鶴
渓の人。詳しい生い立ちは分かっていませんが、臨床手
腕は抜群で、不治の病者の予後も正確に告げ、的中せぬ
ことはなかったといいます。脈診に長じ、「医事の要は
三因以外にはなく、病因を弁ずる基本は脈息にある」と
主張しました。そして著したのが、『三因極一病証方
論』(俗に『三因方』)です。
 この書名の由来は「分別三因、帰於一治」。すなわ
ち、三つの病因をはっきりと掌握することができたら、
治療法はおのずと決まる、というほどの意味です。それ
まで医者の必要な知識は、五科(脈病証治因)とされて
ましたが、最後の因(病因)を重視して、内因・外因・
不内外因のの三つに分類し、合計七事としました。この
考え方は、『内経』『金匱要略』『諸病源候論』など、
これまでのこのシリーズで紹介してきた古典を基礎にし
て、陳言が打ち出したものです。
 自然界の六気(風暑湿燥寒火)は、異変が生じると人
体を犯す六渓となり、経絡に流れ込んで臓腑に触れる。
今でいう伝染病がその代表ですが、これが外因。一方、
人の常性である七情(怒喜憂思悲恐驚)が乱れると、臓
腑から憂いが生じ外の肢体に現れる。これが内因。今で
いうストレスから発する様々な病気といえるでしょう
か。内因でも外因でもない暴飲暴食、外傷、中毒などを
不内外因といいました。
 この三因を患者さんの脈でピタリと当てるというわけ
です。例えば、同じ咳をしている患者さんでも、この咳
は内因?外因?不内外因?で、治療方法や方剤が異なっ
てくるというわけです。
 私が漢方医学に入門した頃、ある先生に脈診を習いま
したが、患者さんの脈をみた瞬間にこの内・外・不内外
を即座に言わないと機嫌が悪く、とんでもない世界に
入ったものだと閉口したことを思い出します。
 『三因方』にはそれ以前の医書に登場していない方剤
も多く、すぐ後に登場した厳用和の『済生方』に大きな
影響を与えました。
 日本にも早く伝わったらしく、この『三因方』や『済
生方』は、室町時代南禅寺の僧有隣の著した『福田方』
(ふくでんほう)に沢山引用されています。
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