| 孫思ばくの『千金要方』は、唐代の初め、初唐の医学 |
| 書でした。王とうが活躍したのはその100年くらい後の |
| 盛唐で、王とうの著作『外台秘要』ができた数年後には |
| 安禄山の乱が起こり、玄宗皇帝と楊貴妃の時代も去り、 |
| 日本では平安時代を迎えようとする頃です。 |
| 日本では平安時代を迎えようとする頃です。 |
| 体がよわく、長じては母が病気でずっとその看病をして |
| いたと伝えられ、そのようなことが医学書を書く動機に |
| なったといわれます。というのも彼は、これまでの漢方 |
| 医列伝の中では唯一、臨床医ではないのです。 |
| 彼は台閣(国立国会図書館のようなもの)で20年も公 |
| 務員として仕事をしていました。100年前の『千金要方』 |
| や『諸病源候論』、さらにさかのぼってあらゆる医 |
| 学書を渉猟するのに、たいへん有利な位置にいたわけです。 |
| その後、地方の長官になりましたが、そこでさきほど |
| 述べたように、「医に明らかならざれば孝子たることを |
| 得ず」と発奮し、一大医学書の著述に専念したのです。 |
| 自序に、昼夜を問わず努力を重ね、先人50〜60人の著 |
| 作と同時代人の医学書千百巻に目を通し、「古くは炎昊 |
| の時代から盛唐まで、残巻を集めて隠された奥秘まで残 |
| らず考証した」とあります。都をはなれ、台閣を外れた |
| 所で著述した秘方書だから、『外台秘要』なのです。 |
| 『外台秘要』は全40巻、1104門に分かれ、名門の前 |
| 半が理論、後半が方で、理論は『諸病源候論』、方は |
| 『備急千金要方』から多く取っています。 |
| 『外台秘要』の学術的価値は、第一に、内容の豊富な |
| 点。内科・外科・婦人科・小児科・骨折・皮膚・眼科・ |
| 歯科・耳鼻咽喉科・精神科・伝染病・先天症の諸科があ |
| り、さらに、インドの眼科治療の臨床や辺境の少数民族 |
| の医療技術の記載まであります。第二に、南宋時代にす |
| でに亡佚した十数の医学文献の内容を若干保存している |
| 点。著者は医者ではなかったためか、中国の医学書とし |
| ては珍しく、引用文献の出典をいちいち明記しているの |
| です。『范氏方』83条、『小品方』171条、『刪繁方』 |
| 108条などです。 |
| こうして、実用的にも重要な『外台秘要』ではありま |
| すが、漢方処方(湯液)ばかりで、針に関する記載が |
| まったくないことは、現代にいたるまでナゾとされてい |
| ます。 |