| 唐慎微、字は審元。蜀州(今の四川省)晋原の人。 |
| 代々医者の家に生まれ、元祐年間(1086〜1093)、蜀師の |
| 李泊端に招かれて成都に居を移し、開業しました。唐慎微は醜 |
| 男で口数少なく、堅物だったそうです。患者が来てもあまり |
| しゃべらず、しつこく聞くと憮然とする風でしたが、学問は深 |
| く腕は確かで、身分の上下で患者を分け隔てすることなく、た |
| いへん勤勉でした。士人(読書人)からは治療費を取らず、代 |
| わりに読書中に漢方を見つけたら書き取ってもらうという形 |
| で、名方秘験の収集を手伝ってもらいました。また各地の医家 |
| を訪問して教えを請い、民間の験方を採集し、薬物の標本を収 |
| 集しました。こうして本草学の知識を蓄え、『経史証類備急本 |
| 草』ができました。 |
| この書は北宗以前の薬物学の集大成で、全三十巻。千七百種 |
| あまりの薬を収め、うち六百種は新種、附方は三千ほどありま |
| す。巻一・二は序列、巻三以降は玉石、草、木、人、獣、 |
| 虫魚、果、米穀、菜(それぞれ上中下の三品)に分かれ、294 |
| 枚の図が付されています。 |
| 古代の『神農本草』(この列伝の第一回)、陶弘景の『神農 |
| 本草経集注』(この列伝の第十回)、さらに唐代の『新修本 |
| 草』と、本草書は前代の収録薬物を積み重ねる形で、だんだん |
| 収録薬物が増えていきます。実はこれらは原著自体は現存せ |
| ず、この『経史証類備急本草』に引用されている部分を抜き出 |
| して復元したものなのです。 |
| また、この『経史証類備急本草』も原本は失われ、50年後に |
| 官本として出された『経史証類大観本草』、100年後の『政和 |
| 新修経史証備本草』が残っているのです。こうして印刷術が確 |
| 率普及した宗代には、現代にまで残る古代医学書のほとんど |
| が、整理・印刷されたのです。 |
| 500年後に『本草網目』を著した李時珍は、「陶弘景に始 |
| まって唐宗に至る凡そ八十四家の本草の医書を引用したが、唐 |
| 慎微が大部分を占めている」「諸家の本草とそれぞれの漢方 |
| が、千古の時を経ても埋没してしまわなかったのは、ひとえに |
| 唐慎微の功績による」と讃えています。 |