漢方医列伝










「漢方医列伝」

唐慎微
(1040?〜1120?)

 

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 唐慎微、字は審元。蜀州(今の四川省)晋原の人。
 代々医者の家に生まれ、元祐年間(1086〜1093)、蜀師の
李泊端に招かれて成都に居を移し、開業しました。唐慎微は醜
男で口数少なく、堅物だったそうです。患者が来てもあまり
しゃべらず、しつこく聞くと憮然とする風でしたが、学問は深
く腕は確かで、身分の上下で患者を分け隔てすることなく、た
いへん勤勉でした。士人(読書人)からは治療費を取らず、代
わりに読書中に漢方を見つけたら書き取ってもらうという形
で、名方秘験の収集を手伝ってもらいました。また各地の医家
を訪問して教えを請い、民間の験方を採集し、薬物の標本を収
集しました。こうして本草学の知識を蓄え、『経史証類備急本
草』ができました。
 この書は北宗以前の薬物学の集大成で、全三十巻。千七百種
あまりの薬を収め、うち六百種は新種、附方は三千ほどありま
す。巻一・二は序列、巻三以降は玉石、草、木、人、獣、 
虫魚、果、米穀、菜(それぞれ上中下の三品)に分かれ、294
枚の図が付されています。
 古代の『神農本草』(この列伝の第一回)、陶弘景の『神農
本草経集注』(この列伝の第十回)、さらに唐代の『新修本
草』と、本草書は前代の収録薬物を積み重ねる形で、だんだん
収録薬物が増えていきます。実はこれらは原著自体は現存せ
ず、この『経史証類備急本草』に引用されている部分を抜き出
して復元したものなのです。
 また、この『経史証類備急本草』も原本は失われ、50年後に
官本として出された『経史証類大観本草』、100年後の『政和
新修経史証備本草』が残っているのです。こうして印刷術が確
率普及した宗代には、現代にまで残る古代医学書のほとんど
が、整理・印刷されたのです。
 500年後に『本草網目』を著した李時珍は、「陶弘景に始
まって唐宗に至る凡そ八十四家の本草の医書を引用したが、唐
慎微が大部分を占めている」「諸家の本草とそれぞれの漢方
が、千古の時を経ても埋没してしまわなかったのは、ひとえに
唐慎微の功績による」と讃えています。
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