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殺菌、発芽防止のための低線量照射

レントゲンによってエックス線が発見されてから1世紀が過ぎました。今世紀は原子力時代といわれるほど、原子力が多方面に開発利用されてきました。とくに平和利用として、医療をはじめ産業のあらゆる分野に活用され、その社会的貢献は実にめざましいものがあります。
食料産業の分野において、農作物などへの放射線照射の実用化研究が始まったのは、ソ連(当時)が1958年にジャガイモの発芽防止に放射線を利用したのが最初といわれています。ジャガイモやタマネギなどの発芽組織の細胞は放射線の影響を受けやすく、他の部分の細胞はあまり影響されないので、商品価値を落とさずに発芽を防止することができます。比較的低線量で照射されたジャガイモやタマネギは、芽を出すことなく半年以上も常温で貯蔵することができます。

日本でも食品照射の実用化研究が始まったのは、1965年に原子力委員会の中に食品照射専門部会が設置されてからです。その研究テーマは、ジャガイモとタマネギの発芽防止、コメとムギの殺虫、ウインナソーセージ・カマボコ・ミカンの殺菌等でした。その成果は公表され、これら7品目の照射食品の健全性に問題のないことが明らかにされています。ここでいう健全性とは、食品添加物試験と同じく、微生物試験、栄養試験、慢性毒性試験、変異原性試験等の結果により綜合的に判定するものです。

これらの成果に基づいて、1972年にジャガイモの照射が厚生省から認可され、1974年に北海道士幌町に照射施設がつくられ実用化に至っています。照射ジャガイモは市販されていますが、食品衛生法で包装容器にその表示が義務づけられています。しかしながら、今日までジャガイモ以外に照射を認可された食品はありません。

食品照射は、わが国ばかりでなく世界各国で盛んに実用化研究が行われ、1980年代に入ってから開始する国が急に増え、現在食品照射を許可している国は35ヶ国以上となっています。そして20ヶ国でなんらかの食品照射が実用化されており、照射食品は年間約60万トンになるとされています。

食品照射の対象となる食品

食品照射の対象となる食品については、実に様々なものがありますが、その主たるものについてみると次のような利用例があります。

1.香辛料

一般にペッパーやカレー粉は細菌胞子による汚染がはげしく、加熱しても死滅されにくく、添加した食品の腐敗を招きやすいのです。放射線照射による殺菌は、加熱やガス殺菌法などに比べて品質に及ぼす影響が小さいので、香辛料の殺菌法として最も優れているといわれています。

2.乾燥野菜

香辛料と同様に細菌胞子による汚染を除去するために、放射線細菌が有効で、多くの国で実用化されています。しかし、わが国では未だ許可されていません。ところが、1978年9月に報道された照射ベビーフード事件というのがありました。ある食品会社が、大手16社のベビーフードの原料に用いる粉末野菜を勝手に放射線殺菌を実施して販売していたというものです。

3.水産物

輸入される冷凍エビなどは腸炎ビブリオ菌やコレラ菌等に汚染されることが多く、食中毒の原因になることもあります。薬品を使用せず殺菌するには放射線照射しかないので、オランダ・ベルギーで実用化されています。わが国でも、最近、病原性大腸菌O-157によるイクラの食中毒事件がありましたが、生食する水産加工品の殺菌には放射線殺菌が有効と思われます

4.畜産物

トリ肉のサルモネラ菌による汚染がアメリカなど先進国で問題となっています。その対策として、放射線殺菌が注目され、すでにフランスやオランダでは実用化されています。変わったところでは、アメリカのNASAでは、宇宙食用の畜肉製品を放射線殺菌して宇宙船に積み込んでいます。

5.果実類

果実の放射線殺菌で、一番早くから注目されたものにイチゴがあります。イチゴの腐敗菌は低温でも繁殖するため、冷蔵しても長持ちさせることはできません。しかし、包装において照射することにより商品の棚期限を約1週間延長することができます。フランスでは、1970年代に許可されて実用化されています。

6.穀類

穀類の殺虫用に放射線を利用している国は、ウクライナのみで、輸入小麦の照射を行っています。ほとんどの国では臭化メチル処理を行っています。環境汚染の立場から、その代替技術として今後放射線照射が注目されると思います。

放射線と放射能の違い

次に照射食品の問題点について考えてみたいと思います。わが国で照射ジャガイモが発売されて早くも25年になりますが、当初は追放運動などで日の目を見ることはあまりなかったようです。その頃からよく聞かれる質問に、「放射線を照射したジャガイモに放射能が残らないのか」というのがあります。この質問に答えるためには、まず放射線と放射能との違いから説明しなくてはなりません。

放射線とは、放射性物質または放射線発生装置から飛び出してくるエネルギーの高い粒子線や電磁波のことで、粒子線にはアルファ線、ベータ線、中性子線などがあり、電磁波にはガンマ線とエックス線があります。放射能とは、放射線を出す能力またはその強さのことです。そして放射能を持つ物質のことを放射性物質といいます。
日本では、放射線と放射能を混同する人が多く、またマスコミでよく取り上げられる放射能は、「放射能漏れ事故」のように、放射性物質と同義語のように扱われてきました。

ジャガイモの発芽防止を目的とした放射線照射には、北海道士幌町にあるコバルト照射センターで見られるように、コバルト60という放射性物質から放出されるガンマ線が使用されます。このコバルト60は非常に危険ですので、ステンレスの容器の中に封じ込めて外部に絶対に漏れないようにしてあります。線源が広い照射室の中心の地下格納庫から上がってくると、ガンマ線は容器を透過して放射され、線源よりかなり離れた円周上のレールの上を、ジャガイモを入れたかごがゆっくり回る仕組みになっています。したがって、コバルト60とジャガイモが接触することはありません。ジャガイモが受けるのは一定量のガンマ線のみです。ガンマ線は前述のように電磁波の一種で、延長が非常に短い光と考えられる放射線です。病院で使用されるエックス線と同じです。

人体にエックス線をあてても透視するだけで、放射線が残ることはありません。ましてマスコミでいう放射能(放射性物質)が残ることなどあり得るはずがありません。
しかしながら、それでもまだ安心できない人もおります。それは何かといいますと、放射線照射食品が放射線汚染食品と同じようなイメージをもつことからくる錯覚(?)なのです。これは放射線と放射能の混同から来ています。

日本最初で最後のあの原子力船「むつ」の放射線漏れ事故では、原子炉から中性子線が漏れました。しかし、マスコミは連日放射能漏れ事故と書きましたので、むつ湾のホタテが放射能で汚染されたと風評が広がり、その結果ホタテが売れなくなりました。つまり漏れた放射線のため、放射能汚染食品と同一視されてしまったのです。

これと同じようなことが最近起きたJCO核燃料製造工場の臨界事故でもありました。どのマスコミも放射能漏れ事故と書き立てましたので、東海村の農作物はすっかり売れなくなってしまったようです。放射能汚染食品とは、チェルノブイリ発電所の原子炉爆発の際に起きたように、放射性物質(死の灰)が周辺の農作物に降り散ったために汚染された食品のことであり、放射線のみを浴びたり、照射した食品とは根本的に異なるものです。このような誤った情報のために、風評被害が起こることはまことに心外といわざるを得ません。放射線は、「両刀の剣」といわれるように有益と有害の両面があります。今日医療の分野で放射線は無くてはならないものとされているように、食品の分野でもその有益性を積極的に活用してこそ人類の知恵というものではないでしょうか。

(1999年11月)
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