一病息災。病気との上手なつきあい方。


22.予防医学の功罪

今回は、「予防医学」の功罪について。私などが学生の頃は、まだ目に見える具体的な貧しさが、
層として日本にありましたから、貧しい衣倉住で発病し、入院して治癒したとしても、
退院して再び貧しい衣食住にもどれぱ、再発は必至。医者って何て無カなんだろう、
と「良心的な医者」は考えたものです。それなら医者じやなくて、魯迅のように国手とか国医にならねぱなあ。
中国の伝統的なコトバでいえば、良医じやなくて良相にならねばとまあ、30年前の学生は、純粋でしたねー。
さて、「予防医学」っていうと、本来それは「伝染病」が病気の主流だった、人類の敵だった時代に、
声高に叫ばれた「スローガン」でした。
「伝染病」の予防に、手洗いや消毒が有効なことがわかってき、やがて顕微鏡で伝染病の原困た
る細菌が発見され、「防疫体制」がしかれたり、「法定伝染病」などという壊かしいコトバもあり
ましたねえ。まさに伝染病(疫病)を防ぐのは、体制であり法津でありといった社会運動、生活運
動だったわけです。
前にも述ぺたように、伝染病が先進国で減少したのは、医薬が足ったからではなく、衣食が足っ
たからだ、ということを含めて、予防医学がの歴史的役割を果たしたことは、事実です。
ところが、現在間題になっている予防医学は、成人病です.伝染病は、手を洗い、うがいをし、
栄養と睡眠をとって、生ま物を食べずに、海際で防疫体制をしき、これでコレラの流行あるやなし
や、というふうに原困と結果が見やすい。これに対して「成人病の予防」というのは、そのことが
本当プラスかどうかは、何十年もたたなければわからない。何十万人もの人体実験をしなけれぱわ
からない。
現在、多くの成人が隆圧剤やコレステロール・血糖の薬を服用したりしていますが、まさに大規
模な人体実験が行われているわけです。しかし現在長命でお元気な80歳くらいの方々は、青壮年
の頃から「成人病の予防」なんて、してこなかった人たちだ、ということは覚えておいてよいで
しょう。
20〜30年後に脳卒中になるかもしれないから、血圧を下げようという発想は、常識的に考え
ておかしいでしょ。そんな長期にわたる健康管理を「薬」でやるのは間違いだ。それば食事や生活
習償の間題だ、と思いませんか? 薬は、狂ったバランスをとりもどすために、長い人生の間に短期
的にときどき用いるべきものでしよ。人生の半分服用しつづけるといったもんじゃないでしょう?
「管理」というのはイヤな言葉ですが、自分が自分の健康に責任をもつ管理(食習償など)ならと
もかく、他人(医者)の「管理に身をまかせる」となると、その手段ばどうしても「薬」というこ
とになります。
この間、「薬がなんでもしてくれる」というの間違いだ。 そう思いたがる傾向がどうもよろし
くないのではないか、ということもありますが、そもそも薬にみんなが夢をみるほどの「凄い不思
議な力」なんて無いということも書いてきました。
ハナシは行きつ戻りつしながら、予防医学の話まで進んでいます。伝染病の消毒、防疫に代表さ
れる予防医学を、成人病と称する現代の慢性疾患にそのままあてはめることの「あぷなさ」を、
みなさん考えてください。
「今のままの生活を改めないのであれば、あなたの寿命は××年縮まるであろう。いま私の言う
ことをよく聞き、明日よりココロをいれかえ、清く正しい生活を送れ!これが守れない時は、おま
えの生活ば呪いと疫病がとりつくであろう」「ははあ、おそれいりました」と平伏する患者さん。
何ですか、これは、いったい。みなさんが聞きたがっている、人間ドッグなど受けたがる心の中
には、このような御宣托が欲しいという気持ちが根強くあるでしょう?みなさんが飢えから解放さ
れた生活の中から望んだことは、昔の皇帝が望んだのと同じ不老長寿でした。神ならぬ身の医師
は、心ならずもいくつかのデータをもとに、あたかもあなたの人生の見取図を見おろしているかの
ように、神の視線を得たかのように、ふるまいます。医師は占い師でも牧師でもないのに。皆さん
があんまり期待するから、ホントにその気になって血圧ひとつはかって、貴方の生活をあれこれ支
配・管理する医者ばかりになったじやないですか。
まるで牧師に繊梅するように、「きのう飲んじやった」と告白する糖尿や肝炎の患者さんがいます。
そのたび私ば、貴方の生活・人生を差配している司祭じやありませんと、逃げだしたくなります。
振り返って、現在の医師からこのような健康と病気の司祭としての役割を取ってしまったら、何
が残るでしようか。 従って、失業におびえる医師、自分の存在理由を確保したい医師の手にかか
る指導は、ますます微に入り細にわたり、その言い方は限りなく脅迫、恫喝に近くなります。
生まれる時ばもちろん医師まかせ、生きている間も医師まかせ、この観点から見ると、「脳死を
死」とする法津は、死ぬことさえ医師の判断にしか任せられないという、医師の更なる人生管理の
完結。そんなに何から何まで他人任せの生って、いいことなんですか?
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