27.こんどはコレステロ−ル!
これまで「成人病とその予防」という誰もが無前提にいいことだ、と思いがちな医療には、実は大きな落とし穴、錯覚があるということを「高血圧」を例に述べてきました。
ひとつは下げなければ生命が危険な高血圧はそうあるものではない。
それらの人々の予防は確かに必要だが(そしてその実効をあげるのは実際にはなかなか困難なのだが)そのことを拡大して解釈し、予防という名のもとに治療すべき高血圧症の範囲をどんどん拡げ、ついには国民成人2人に1人は高血圧とかいうように、無際限に製薬会社主導としか思えない「成病の乱造」即ち「降圧剤の乱用」ぶりは誤りであること。
実際どこから治療をすべきかという「高血圧症の定義」は研究者の発表ごとにくるくるかわり、とても信頼できない。それから第二には24時間血圧計で明らかになってきた自然変動の幅の広さ。「降圧」とは何だったのかの根本的な疑問。
血中のコレステロ−ルにしても全く同じです。いちど検診を受けたり頭痛や何かで受診した患者さんに、日本の医療機関は「薬をのむ必要はありません、心配いりません」とは決して言わないようです。タブ−なのです。手ぶらで患者さんを帰すことは病院の利益につながらず、無能な医者なのです。また、医療側には手ぶらで患者を帰しても、あの患者はきっと他の医療機関へ行って薬をもらうに違いないと、という根強い患者不信、蔑視がある。「血圧」がどうしても高くなければ、仕方ない、高コレステロ−ルでいこう、というわけです。総コレステロ−ル、善玉、悪玉、いろいろ言いますが要するに治療すべき高脂血症の幅を広くとるかどうか。広くとれば成人のほとんどは患者として投薬しなければならなくなる。
昨今メバロチンというコレステロ−ルを下げると称する薬が超ベストセラ−になり、医療費を押し上げてしまうというので厚生省があわてた事件がありましたが、この何百億売れた(医者が患者に処方した)メバロチンは、どこから高コレステロ−ル症にするかという検査値の正常値の幅を、何ミリグラム縮めるか拡げるかで売り上げがガラッとかわってしまいます。そんなもんなんですよ。皆さんがありがたがったり気にしたりしているコレステロ−ルの数値なんてものは。
でたらめな医療を変えてゆくのは、結局は賢い消費者たる皆さんです。
善玉・悪玉、いろいろ意味ありげな名前をつけては皆さんを迷わせます。分析が発達するにつれ、検査項目はこのように、ますます多くなり、皆さんのドッグや検診の項目は細かく増えつづけ、何頁にもわたるようになりました。皆さんの寿命や病気がその分詳しくわかるようになったのでしょうか?それらがひとつづつ、みな皆さんの寿命や病気と相関関係があるのでしょうか。もしそうだとすると、例えば総コレステロ−ルの高値(=悪いことだ)と善玉コレステロ−ルの数値が高い(=良いことだ)が同時に出た場合、いったいどう解釈するのですか。
それぞれの平常値をはみ出てれば何か決まり文句をいうというやり方になっている検診方式はもうやめてほしいと思います。例えばうんと痩せていて、総コレステロ−ルの高い人にはこんな説明があります。「あなたは標準体重を大分下まわってます。もっと栄養価の高いものを多く食べるようにしましょう。」「あなたはコレステロ−ルが標準よりも高いです。炭水化物や脂肪を減らしましょう。」一体どうすればいいのですか。滑稽でしょう。こんなことに皆ひっかかっているのですよ。馬鹿馬鹿しい、と一笑に付すことが一番正しい。
結局、あ−だこ−だ細かいこといっても、寿命や病気と関係ありそうな数値は総コレステロ−ルと中性脂肪の二つだといわれてます。さて高コレステロ−ルと高中性脂肪がどんな組み合わせで、どんな循環器疾患と関係するか、いろいろなデ−タが次から次へと出てきます。高コレステロ−ルは心筋梗塞は増やすけれど脳血栓は減らすとか、いや逆だとか、中性脂肪が単独に高いのは病気と関係なさそうだとか、いや両方共高いと脳血栓が増えるとか、いや低い時の方がかえって死亡率は高いとか。大まかな二つをとりあげただけでも様々なデ−タがでてきます。ハイリスクグル−プ[最も危険度が高いとされるコレステロ−ルの(数値をもった人々)がもっとも心筋梗塞になりにくいとかいったデ−タもでてきます。
これらの混乱は何故おきているか。勿論こうした疫学的研究の精度は低いということがいえます。
前に述べたように、こういう結論を出せ、といわれればどうにでも結論を変えられるのです。もうひとつはクスリによって上げ下げできるとして、薬でコレステロ−ルを下げたからといって、動脈硬化が防げるのかといった問題があります。だんだんわかってきたことですが、動脈硬化はやはり遺伝的に決まっているその人の体質であり、それを薬でかえることはかなり難しい。
少しでもやれることがあるとすれば、それはやっぱり長期間にわたって食生活や生活習慣をかえていくことにあるとしかいいようがありません。
「薬でどうにかなる」という夢を売買する場が病院です。今まで述べてきたようなつまらぬ子供だましの夢をみるのはもうやめましょう。
28.算術医の書く通信簿がまだ必要ですか?
「先生、私やっぱりダメです。」と人間ドッグや検診の成績表を私に見せる患者さんは、学期末に「あまりよくない成績表」を両親に見せてウナダレテいる子供にそっくりです。
どれどれ、と見ると私から見れば、何もそんなに深刻ではないことばかり。もし深刻な検査結果が出てるとすると、それまで私は見過ごしていたのかと逆に問題になります。
そんなことはまず100%ありません。項目がひとつ(或いは2つ3つ)「正常値」から外れてるから私の通信簿はダメなのです。あれだけダイエットしたり運動したりしたのに。私の身体には欠陥があり、私の人生は落第なのです。ぐしゅん。
まず第一に、大人になってもまだ通信簿に数字や評価をつけてもらって喜んだり悲しんだりしている自分を滑稽だと思いませんか?
子供達の学校の成績表が、子供の全体的な発育・生活からみれば、そのほんの一部のことしか評価していないのと同じく(成績表でその子のすべてが評価されていると思ってないでしょうね!)、貴方の検診の通信簿も、身体の健康状態や生活のほんの一部(一説には約3%)を評価しているにすぎません。ましてや、「正常値」の範囲を一歩越えるともうダメで一歩内へ入るともう安心、なんていうことは数字は連続しているのですから、ちょっと考えてみただけでもおかしいでしょ。
その「正常値」の決め方の根拠がまたでたらめなことは何回も書きました。だいたい人生60年も今までやってきた貴方が、項目いくつかの「異常」で明日から生活をかえるなんておかしいですよ。60年も堂々と生きてきた実績に比べると、薬だの運動だのダイエットなどが貴方の身体にこれから及ぼす影響など比較するのも恥ずかしいくらい小さなものです。
検診の数字のデコボコを全部「正常値」の中へ入れることを「医者の使命」としている同業者(これを金儲け医とは別の意味でもうひとつの算術医と呼びましょう)が多い中で、私はほとんどの患者さんの場合そんな健康管理はいやらしいおせっかいで、皆さんをかえって病弱にしてしまうという立場をとっている少数派です。