漢方医列伝










「漢方医列伝」

陳自明
(1190?〜1270)

 

イメージ


 陳自明、字は良甫(良父)、宗の臨川(今の江西省撫
州市)の人。南宋紹煕元年(1190)頃の生まれ、咸淳
六年(1270)卒、享年80歳。
 陳自明は三大医者の家に生まれ、幼いころから医学を
好み、十代で頭角をあらわしたといいます。中年になっ
て医学の造詣はますます深まり、健康府の明道書院医論
(医学教授)に任ぜられました。積極的な医療姿勢で、
南北朝時代の医者の「世の中に治療できない病気はない。
治療の下手な医者がいるだけだ。薬は別のもので代
用できるが、医者は代用がきかない」という主張に賛同
しました。従来、産婦人科があまり注目されてこなかっ
たことに気づき、各地から、産婦人科の専門書30種類を
集め、家伝の秘方や個人の経験を付して、嘉煕元年
(1237)『婦人良方大全』を完成させています。47歳
の時のことです。
 『婦人良方大全』は全24巻。調経・衆疾・求嗣・胎
教・候胎・妊娠・坐月・産難・産後の9部門に分かれ、
あわせて269の論を収め、方が付されています。この書
の特徴は、
 産婦人科の証治の網領を確立したこと。例えば、月経
に関わる病気の原因は「肝脾を損なうこと」であるので
「その病気の元を補う」べきであると主張しました。
 産婦人科の薬の特徴を明らかにしたこと。例えば、
「妊娠中に用いる薬は清涼なものがよく、桂枝・半夏・
桃仁・朴硝などを軽々しく用いてはいけない。病気がや
や快方に向かったら投薬をやめるのが肝要」といいます。
 妊娠中に用いてはいけない薬として、牛膝・三漆・大
戟・巴豆・蒡牛子などを挙げ、胎児に悪い影響を与えた
り、流産や早産を引き起こす可能性があることを指摘し
たこと。
 また四物湯を婦人科の聖薬としたこと(これは現在で
も産婦人科医に指示されています)、などが挙げられます。
 陳自明は外科も熱心に勉強しました。李迅の『集験背
疽方』と伍起宇の『外科新書』を参考に、『外科精要』
を編纂しています。臨床では、熱毒に拘泥して寒涼克伐
の剤ばかりを使ってはいけないと主張し、後世にも影響
を与えています。
indexへ戻る